トヨタは「自らのシステムが完全ではないこともありえる。」という認識に欠けていた
豊田家の御曹司である豊田章男氏の発言は、奇妙ながらも、問題をなかなか見事にまとめていた。
「Believe me, Toyota's car is safety(信じてください、トヨタの車は安全性なんです)」。日本を代表するトヨタ自動車の社長はこう訴えた。「But we will try to increase our product better(ですが、私たちの製品をもっと良いものに増やせるよう努めてまいります)」
英語がうまく話せないことを馬鹿にするのは、普通なら許されることではない。
しかし、米国でMBA(経営学修士)を取得した豊田氏に完璧な英語で謝罪する術が教え込まれていなかったという事実は、今回のリコール(回収・無償修理)危機におけるトヨタの対応のお粗末さについて実に多くを物語っている。
日本では、謝罪は生け花や俳句と同様に1つの芸術である。しかしトヨタは、2月5日に社長が持って回った表現で自らの責任を認めるまで、顧客(その70%は日本以外の国に住んでいる)の懸念に対応できていなかった。
「日本株式会社」の転落との相似
トヨタの問題がスローモーションの玉突き事故のようにひどくなっていく様子を眺めていると、1990年に日本株式会社そのものが起こした自動車事故、つまり、かつて経営学の権威たちに無敵の存在と持ち上げられた経済モデルが谷底に転落していったドラマの続編を見ているような気になる。
当時は今と同様に、市場シェアを取らねばならないという強迫観念に駆られた企業が無理な事業拡大に邁進していた。そして今は当時と同様に、日本企業の伝説的な取り組み――トヨタで言うなら「カンバン方式」や「カイゼン」――が欠点を覆い隠していた。
20年前の日本経済の背伸びと今のトヨタの苦難とを比較するのは、あまりフェアではない。日本株式会社は結局「ナンバーワン」にはなれなかった。だが、トヨタは本当に勝利を収め、ライバルの米国大手ゼネラル・モーターズ(GM)とクライスラーを経営破綻に追い込んだ。
2008年には販売台数でGMを抜いて世界一になり、利益水準でも世界一の座に就いた。米国の納税者がGMやクライスラーを気前よく支えていなければ、トヨタは日本や韓国の一握りの自動車メーカーとともに、米国の大衆車市場を事実上独り占めしていたはずだ。
米国は経済の衰退に恐怖心を抱いており、それが今後、ただでさえ悪い状況を一段と悪化させるだろう。
連邦議会で今週予定されていたリコールに関する公聴会が延期されたのは、単に首都ワシントンが大雪に見舞われたためだ。トヨタが安全性の問題に気づいたのはいつか、それを隠蔽した事実はないかといったことを明らかにするための公聴会は今月中に開かれ、同社の経営幹部が質問攻めに遭うことになる。
弁護士たちは既に、数多く提起されると見られる集団訴訟の最終弁論の推敲に余念がない。この流れを決定的にしたのは、レイ・ラフード米運輸長官の次の発言だった。「問題の車種をお持ちの方々に対する私のアドバイスは、運転するのをやめることだ」。この後に続いたコメントも不穏なものだった。「トヨタに対する我々の調査はまだ終わっていない」
「反日」陰謀説もあるが・・・
今回の騒動は「反日」の陰謀だという見方がある。トヨタのライバルである米国メーカーのオーナー(つまり米国政府)には安全性の問題を誇張したい気持ちが働くというのだ。
ハイブリッド車「プリウス」の最新モデルは、大半が日本で生産されている(写真は愛知県にある堤工場)〔AFPBB News〕
大半が日本で製造・販売されているハイブリッド車「プリウス」の最新モデルのリコールにトヨタが踏み切らざるを得なくなったことで、この陰謀論の説得力は弱まったが、それでも自動車業界の専門家たちはトヨタ叩きの激しさに困惑している。
「使われる言葉に込められた毒の強さには、本当に驚いている」。HISグローバル・インサイトの自動車業界アナリスト、ポール・ニュートン氏はこう語る。
「トヨタが2008年に販売台数でGMを抜いたことや、純粋な米国企業を痛めつけていると見られていることが影響しているような気がする。トヨタに一発お見舞いするチャンスだというわけだ」
トヨタは米国内の工場で3万4000人を雇用しており、自分たちを米国企業として描き出すことにかなり成功していた。しかし景気が落ち込んでいる時には、日出る国の企業が星条旗をまとうためにできることは限られる。
今回の騒動の大半は、トヨタが自ら招いたことは否定できない。確かにリコールは珍しいことではないが、アクセルとブレーキに欠陥がある自動車をトヨタが出荷していたという事実は、どこかに深刻な歪みがあることを示唆している。そもそも、発進と停止は運転する際に必ず行う動作である。
なぜこのような事態になったのかという事後調査では、トヨタが猛烈な勢いで事業を拡大し、部品のコストや人件費(多くが非正規労働者だ)の削減をマニアックなまでに推進してきたせいで品質管理がおざなりになったというプロセスが明らかになる可能性もある。
しかしそれ以上に許し難いのはトヨタの対応のまずさである。同社のマーケティング部門はこの問題を何年もうやむやにし、自社の車に欠陥がある可能性を認めてこなかった(いくつかの指摘によれば、アクセルの問題は2002年という早い時期に明らかになっていた)。
トヨタは問題を早期に認めるどころか、フロアマットや部品メーカー、果てはドライバーにまで責任を擦りつけようとした。日本の「モノづくり」の聖地である名古屋にいる同社のエンジニアたちは、自分たちの車が完璧でない場合もあるということを理解できていなかったのだ。
トヨタのPR上の失態は、スイスのダボスで開かれた世界経済フォーラム(WEF)年次総会でクライマックスに近いレベルに達した。豊田社長はテレビ局の取材を避けて会場から抜け出したのだが、乗り込んだ車はアウディだったのである。そして前述したように、先週2月5日の悲惨な記者会見があった。
PRで反転攻勢に出るトヨタ
トヨタは今、これ以上はもう許されないという境界線を引いた。豊田社長は、吟味された謝罪文(英語と日本語)で反撃に転じた。ワシントン・ポスト紙への寄稿では、豊田社長は品質管理問題で自ら陣頭指揮を執ると言明。また米国で過去20年間に販売されたトヨタの自動車の80%はまだ道路を走っているとも指摘した。確かに、トヨタはもう復活できないと見る向きはほとんどいない。
ただ、この寄稿には気になるところがある。
トヨタには、工場の従業員なら誰でも生産ラインを止められる「あんどん」という品質管理の仕組みがある。豊田氏は2週間前にこの「あんどん」の紐を引っ張って8車種の生産を止めたと自慢げに書いているのだが、この紐を――数年前にとは言わないまでも――数カ月前に引っ張るべきだったとは書いていないのだ。
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